ちがさき富岳100景 富士見橋から見る冬の富士山 2021.02.19

茅ヶ崎には「富士見○○○」と名の付く地名に「富士見町」の住居表示があり、橋では「富士見橋」があります。
富士の姿が美しく見える茅ヶ崎。同様の名前が付いた場所など、ほかにもご存じの方は教えて頂ければありがたいです。

その一つ、富士見橋から見える冬の富士山を紹介します。

その位置は次の地図でご覧下さい。

photo & report  尾高会員

お知らせ
① 茅ヶ崎市民文化祭のオンライン動画配信

茅ヶ崎郷土会は2020年11月、市民文化祭に参加して「2019年度事業の写真展(史跡文化財巡り・相模川河口付近の野鳥たち)」を行いました。
その様子を伝える動画がYouTube(ユーチューブ)で公開されています。
パソコンなどで見ることができます。こちらをクリックして下さい。

② こどたん2021 (茅ヶ崎市民活動サポートセンター)

上記のサポートセンターが行っているこどたん2021に茅ヶ崎郷土会も参加しています。

どきどきチャレンジクイズ その2(茅ヶ崎のむかし)
 郷土会の「ちがさきカルタ」を使って、15問ある子ども向けクイズです。挑戦!アタック!
ちがさき動画 市民文化祭のオンライン動画を見ることができます。
参加団体紹介 茅ヶ崎郷土会を子ども向けにPRしました。



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柳島海岸の崩落と修復工事を追う③ 2021.02.17-18

海が荒れる

17日(水)、午後の強風はすごいものでした。
16日から17日にかけて低気圧が北上するため、日本海側では大雪の大荒れ、太平洋側では強風に注意との予報が出ていました。ラジオは、瓦屋根が飛ぶ可能性があるともいっていました。
久里浜と千葉県金谷を結ぶ東京湾フェリーも止まっていたようです。

茅ヶ崎の海も荒れていて、高波は翌日の18日まで続いていました。

姥島の岩礁を隠す高波

いつもは早朝から釣り人が姥島に渡っているのですが、17日には、その姥島を高波が洗っていました。

崩落現場の、緊急工事が一段落したところを波が襲っていました。

砂浜にはきれいな風紋ができていました。

photo 前田会員
report 芹澤七十郎

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南湖(なんご)の仲町 西組講中の稲荷講 2021.2.11

2月の初午(2月になって最初の午の日)には稲荷様を祭ります。
今年の初午は2月3日でした。
しかし、南湖3-4-6にある稲荷神社では11日に稲荷講が行われました。
この神社は、南湖上町と仲町の西講中と東講中の三組の稲荷講中で祭っていて、この三組が順番交替で祭礼を担当します。仲町西組は2018年に行い、また今年、当番が回ってきました。

海に面している南湖には、以前は漁業にたずさわる人たちが大勢住んでいました。
お稲荷様は農業の神様でもありますが、漁村でも多くの家々で祭られています。
個々の家には屋敷稲荷を祭り、また十数軒が講中(こうじゅう)を組んで祭っています。
昔、講中では、その中の一軒が交代制のやど(宿)となり、講中が集まって飲み食いをしました。これを稲荷講(いなりこう)といいます。
昔はそのときにオハケサンという祭壇を縁先に作りました。

上の左側のスケッチは『茅ヶ崎に伝わる稲荷講』(三橋伊勢松著 茅ヶ崎郷土会 印刷時は不明)から取りました。
右側の写真は、南湖の下町のM家がヤド(宿)をしたとき縁先に作られたオハケサンです。『茅ヶ崎市史』3(考古・民俗編 昭和53年-1978-3月茅ヶ崎市刊)の564頁に掲載されています。
同じ頁に次の様な解説が付けてあります。約40年くらい前の様子です。
漁村では三日もかけて稲荷講を盛大に催したという。宿の縁先に、オハケサンという祭壇をつくり、早朝に海から取ってきた砂を敷く。油アゲ・カケノウオ(掛けの魚)・赤いご飯が欠かせない供え物である。オハケサンにはオヤス(藁で作った筒状の容器)もつける。子どもたちにとっても楽しい祭りであって、夜、子ども同士集まって、太鼓をかついで叩きながら、縄ばりの中を歩いた。

時代が変わって、最近は講中を解散するところもあるようです。
オハケサンを作る民俗はもうないものと思われます。

photo 稲荷神社の稲荷講 尾高会員
    オハケサンの画像など 芹澤七十郎
report 芹澤会員

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柳島海岸の崩落と修復工事を追う② 2021.02.13 

梁島海岸また崩落

茅ヶ崎の海岸では砂浜の浸食(砂の流出)が続いていて、大規模の養浜工事が行われています。その様子を、先月19日に掲載しました。

そのような中、柳島の海岸で、また崩落が起こりました。
砂がなくなって、昔はなだらかに波元まで続いていた砂浜に、崖ができています。その崖の一部が崩れたのです。原因は砂が無くなっているからと思われます。
現場は、養浜工事の近く、そのすぐ東側です。

砂浜の浸食はいつから始まったかは分かりませんが、私が茅ヶ崎に引っ越して来た昭和46年(1971)の海岸はなだらかでした。すでに浸食は始まっていたのかも知れませんが。
この画像は2019年10月、台風のあとの崖の崩落の様子です。
波の引いた砂浜に土嚢がむき出しになっているので、その前にも養生工事が行われていたことが分かります。何度も崩落する場所なのかも知れません。
今年の1月に撮影した画像です。
左の写真の崖の令和3年1月現在の様子です。
砂防林を囲む柵の手前にサイクリングロードがありますが、そのきわまで崩落しています。

1月、新たな崩落

崖が一部崩れました。
1月28日の撮影ですから、崩れたのはその前日の様です。
崖の上のサイクリングロードの間際から崩れています。
サイクリングロードはすぐに通れなくなりました。
その後、崖の下の波打ち際も入れなくなりました。

崩落か所の全景

崖は向こうに行くに従って低くなっていますが、砂がなくなると、次第に高低差が大きくなるのでは無いかと思います。

緊急の工事が始まりました

怪我をする人がない内に、工事が始まって良かったと思いました。

この車で土嚢を運びます。
こちらには作った土嚢がまとめてあります。
波打ちぎわに土嚢を積んで落ちてくる砂を止め、崩れた崖には砂を被せて工事は進められています。
しかし、この先どうなるのかなと、心配は残ります。

工事 一件落着のようです

photo 前田会員
report 平野会員
(2.14 画像を1枚追加しました。)

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ちがさき 富岳100景 2021.02.11

茅ヶ崎 もう一つの左富士

歌川広重の浮世絵で有名な茅ヶ崎の左富士は東海道(今は国道1号)の鳥井戸から見ることができます。
富士山は東海道の北側にあります。東海道を京に上る旅人は、富士を、進行方向の右手に見ながら旅をします。
ところが、道が大きく右手(北)にカーブする所では、富士が左手に見えます。
鳥井戸の左富士は、昔から東海道の名所の一つに数えられていました。

茅ヶ崎を通る別の国道でも、もう一ヶ所左富士の見えるところがあります。
海岸を東西に横切る国道134号は、西に向かって、やがて相模川を渡ろうとする手前が大きく右にカーブするので、その手前から西を見ると左富士が見えるのです。
名づけて柳島海岸の左富士と呼びましょうか。

歩道橋の下が国道134号。
向こう(西)に行く自動車の左側に富士山が見える。

雲下望遠の富士

見事な雲が広がっていました。雲の名前は分かりませんが。
その雲の下、遠くに富士が浮かんでいました。

柳島にて撮影

飛行機雲と富士

西に向かう飛行機。
関西に行くのでしょうか。九州に向かうのでしょうか。あるいは大陸の方?
陽が落ちて、余韻の明るさに向かって飛んでいく飛行機雲です。

この時間に遠くを見ると、寂しい気持ちが湧いてきます。

芹沢にて撮影

茅ヶ崎から見る富士山はほんとにすばらしいです。
その様子を ちがさき 富岳100景 と名づけて紹介していこうと考えています。

photo 茅ヶ崎 もう一つの左富士 尾高会員
    雲下望遠の富士      前田会員
    飛行機雲と富士      芹澤会員
report             芹澤七十郎    


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