第50回 茅ヶ崎市郷土芸能大会 2022(R4)年11月27日(日)開催

茅ヶ崎市主催の郷土芸能大会が11月27日に、市民文化会館で行われた。
昭和47年(1972)に1回目が行われ、昭和天皇崩御の年と、去年・一昨年はコロナウイルス蔓延のために中止、令和4年度は通算50回目の開催だった。
茅ヶ崎市教育委員会が茅ヶ崎郷土芸能保存協会に委託して実施し、茅ヶ崎郷土会はその1回目から運営に協力している。

午後1時の開演まえに大勢の人たちが列をなして受け付けを済ませていた。
受付は任意です。
会場の小ホールの入り口に小道具が展示してあった。
会場の外では公演をアピールする「触れ太鼓」が圓藏祭り囃子保存会によって行われていた。
今までは、幕開けに県立茅ヶ崎高校の文楽部が「寿三番叟」(かつては乙女文楽と呼ばれていた)を舞っていた。しかし今回は都合により実演はなく、過去に撮影してあった動画が上映された。
引き続き、青木昭三郷土芸能保存協会々長と、 佐藤 光茅ヶ崎市長の開会の挨拶があった。
記念すべき50回目ということから神奈川県民俗芸能保存協会の会長 垣澤 勉さんも列席された。
佐藤市長の挨拶
客席は早くも満杯。
コロナウイルス対策で、マスク着用と空席も設けられていた。
1幕目は茅ヶ崎民話の会による創作民話の「弁慶塚ものがたり」
2幕目は、柳島エンコロ節保存会による「柳島お座敷甚句」
地元では今でも宴席では歌われている。
3幕目。圓藏祭囃子保存会の岡崎部会による「圓藏馬鹿おどり」
大勢のおかめとひょっとこが登場し、子供たちも混じっていた。
それぞれの舞台が始まる前に司会者による出演者へのインタビューがあった。
演目の内容や練習の様子などを説明していた。
4幕目、芹沢焼米搗唄保存会の「芹沢焼米搗唄」茅ヶ崎市指定重要文化財。
昔、稲を苗から育てていた頃、種もみの余りで焼米を作っていた。田の水口(みなくち)に備えて豊作を祝い、また味わったりした。このような風習はもう見られなくなった。
5幕目。上赤羽根太鼓保存会の「上赤羽根甚句」
浜降祭で神輿を担ぐときに歌う甚句は、茅ヶ崎の各地に伝えられている。
その中で、上赤羽根の甚句は とても上手な歌い手に恵まれている。
6幕目。南湖麦打唄保存会による「南湖麦打唄」茅ヶ崎市指定重要文化財
昔、茅ヶ崎の海岸部には畑が広がっていて麦が作られていた。初夏のころになると刈り取った麦をむしろに広げ、クルリという道具で打って脱穀した。そのとき歌われる作業歌。
7幕目。南湖餅搗唄保存会による「南湖餅搗唄」
年の暮れに搗く餅は、かつては近所や親戚同士が集まって搗いていた。横杵で搗くまえに、臼に入れた餅米を千本杵でこねるときの唄。こねた後に横杵で搗いて仕上げる。
8幕。上赤羽根太鼓保存会の「上赤羽根祭囃子」。
太鼓の叩きかたに「昇殿」「鎌倉」などがある。
9幕。芹沢焼米搗唄保存会による「芹沢ササラ盆唄」。芹沢だけに伝わる。
手に持っているのがササラ。枯竹で出来ていてジャラジャラと音がする。
10幕。圓藏祭囃子保存会の「圓藏祭囃子」茅ヶ崎市指定重要文化財。
昭和50年に、郷土芸能(民俗芸能)の中で最初に茅ヶ崎市の重要文化財指定を受けた。
演奏ぶりには長年の練習、研鑽の成果が現れている。
11。柳島大漁船上げ唄好友会の「柳島大漁船上げ歌」
漁船を浜に引き上げるときに歌ったと伝わる。
市立中島中学校の生徒たちが練習に励んでおり、舞台では一年生が歌った。
12幕。柳島エンコロ節保存会の「柳島エンコロ節」茅ヶ崎市指定重要文化財
他の地方では「ヨイコノ節」と呼ばれる祝い唄。県内では柳島だけに伝わっている。
今も結婚式や上棟式などの祝いの席で唄われる。
市立中島中学校の二年生が一緒にのどを競った。
最後の舞台。来場者へのお土産、抽選大会。
上赤羽根太鼓保存会々長 小沢勝重さんが作ったダイコン・ニンジンなどの野菜と、柳島凧の会(会長 今澤久義さん)が作った凧がくじ引きで当たる。例年大好評の一幕である。
この抽選を最後に、第50回郷土芸能大会は無事に、また盛況のうちに終了した。

photo maeda会員 平野会員
report 平野会員

茅・郷土会日記 目次へ
茅ヶ崎いろいろ 目次へ
フロントページへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です