2020年から76年前の風景 昭和19年の浜降祭記事

昭和19年(1944)7月16日の新聞に載った浜降祭

芹沢のI会員が、「こんな新聞記事がみつかった」と届けてくださいました。
昭和19年7月16日(日)に発行された新聞に掲載された、その月14日の浜降祭の記事でした。
写真が鮮明ではなく、記事各行の最後の一文字が切り取られていて、かつ新聞の名前がないところが残念ですが、太平洋戦争末期、日々の生活に必要な物資が枯渇していた中の新聞記事は貴重です。
コロナウィルスのために、今年(2020年)の浜降祭は中止になりました。
毎年の浜降祭で聞く「ドッコイ ドッコイ」のかけ声が、記事のなかでは「ワッショイ ワッショイ」となっています。「昔はこのように叫びなら神輿を渡御させていたのなら、大きな変化だね」と、Iさんは言っておられました。

記事を活字化しておきます。
・活字がつぶれていて読めない文字と、各行最後の欠けている一文字は□にしました。
・想定して復元した文字もあります。
・( )で囲った文字は旧漢字が見つからなかった文字です。
・/は、記事では改行されているところです。

昭和十九年七月十六日 日曜日

神輿に(祈)る敵擊滅
暁の壯觀・寒川神社濱降祭

ワッショイ ワッショイ まだ□は□/やらぬ田□道に十数基の神輿がもみ合い/ながら濱辺をさして一散走り、見るから/威勢のよい昔ながらの日本の祭だ、十四/日高座郡寒川町國幣中社寒川神社名代の/濱降祭は「怨敵退散」/「米英撃滅」の意気を/高らかに執り行はれた。日頃食糧增産に/敢闘する近郷近在の/農、漁村の若衆たち/は午前二時といふ□/それぞれ神輿をかつ/いで神社を出発、□/万の群衆が神輿の前/後を取り囲んでな/かなかの壯觀、南湖/濱祭場まで二里半の/道を若衆たちはへたばりもせず元気に渡/御を終り、さあ明日からまた增産だと海/潮をどる太平洋を睨んで折柄の日の出に/シャンシャンと拍手をしめた
寫眞は寒川神社の濱降祭

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report 平野会員

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茅ヶ崎の野鳥たち 南部の海辺編 (51)ダイサギ

茅ヶ崎の南西部(主に柳島の海岸)で見かけた野鳥たちをアイウエオ順に紹介しています。生態の説明文の一部は『ぱっと見分け観察を楽しむ 野鳥図鑑』(ナツメ社刊)から引用しました。  【杉山 全】

白鷺にはコサギチュウサギ、ダイサギなど数種類があるが、コサギ以外は識別がむつがしい。私なりに分類したが間違いがあればおゆるし下さい。
ダイサギは、白鷺の中でも大形のサギ。水田から干潟までさまざまな環境に生息する。魚類、両生類、昆虫類などを捕食する。

魚を捕まえた
白色の鷺がダイサギ
茅ヶ崎市柳島の小出川で撮影

photo & report 杉山 全

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こんにちは!花たち ヤブカンゾウ・コロナ雑記 

茅ヶ崎市芹沢から、近所や庭に咲く花たちを紹介します。

2020年6月28日(日)
午前中はかなり強い雨が降っていました。梅雨の最中ですから仕方ありません。
庭や空き地にもいろんな雑草が勢いよく伸びています。ツユクサやカタバミは、一日見ないとびっくりするほど大きくなっています。

庭に植えたヤブカンゾウが花を付けました。数年前までは田んぼのあぜ道にたくさんあったのですが、このところすっかり見なくなりました。
ヤブカンゾウは八重咲きで、すこし遅れて花をつけるノカンゾウは一重です。
オレンジ色の花がきれいです。
ヤブカンゾウ・ノカンゾウの若芽

朝日新聞の4月3日(金)に、「福岡伸一の動的平衡 ウイルスという存在」という文章が載っていました。大変面白かったので、5月1日(金)の「こんにちは!花たち キンラン・ギンラン」に抜粋して紹介しました。
その後、福岡さんの『生物と無生物のあいだ』(2007年講談社現代新書)と『動的平衡』(2009年株式会社木楽舎)の2冊を古本で購入し、目を通してこれらも大変おもしろかったです。
福岡さんは6月17日(水)に朝日新聞の同じシリーズで「コロナ禍で見えた本質」を執筆しています。
この文章も、ちょっと変わったコロナ問題を扱っていますので抜粋して紹介しておきます。

 私たちのもっとも近くにある自然とは自分の身体である。
 生命としての身体は、自分自身の所有物に見えて、決してこれを自らの制御下に置くことはできない。私たちは、いつ生まれ、どこで病を得、どのように死ぬか、知る事も選り好みすることもできない。
 しかし、普段、都市の中にいる私たちはすっかりそのことを忘れて、計画どおりに、規則正しく、効率よく、予定に従って、成果を上げ、どこまでも自らの意思で生きているように思い込んでいる。
 ここに本来の自然と、脳が作り出した自然の本質的な対立がある。前者をギリシャ語でいうピュシス、後者をロゴスと呼んでみたい。
 そんなピュシスの顕れ(あらわれ)を、不意打ちに近いかたちで、我々の目前に見せてくれたのが、今回のウイルス禍ではなかったか。
 一方、新型コロナウイルスの方も、やがて新型ではなくなり、常在的な風邪ウイルスと化してしまうだろう。宿主の側が免疫を獲得するにつれ、ほどほどに宿主と均衡をとるウイルスだけが選択されて残るからだ。
 長い時間軸を持って、リスクを受容しつつウイルスとの動的平衡を目ざすしかない。
 ゆえに、私は、ウイルスを、AIやデータサイエンスで、つまりもっとも端的なロゴスによって、アンダーコントロールに置こうとするすべての試みに反対する。


ウイルスは人間より長い歴史を踏まえています。新型ウイルスが出現すると多くの人が感染し、多くの人が死ぬ。しかしウイルスの方が「ピュシス=自然」なのだ。福岡さんは述べています。「私は、ウイルスを、AIやデータサイエンスで、つまりもっとも端的なロゴスによって、アンダーコントロールに置こうとするすべての試みに反対する。」と。 

photo & report 石野文蔵

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2020年から46年前の風景 下町屋と今宿―小出川に沿って

1974年夏
茅ヶ崎市下町屋・今宿

1974年夏、小出川の今宿側の土手から、今宿と下町屋の風景を撮影しました。
①の場所から今宿の油研工業と下町屋の梅雲寺を撮影したものです。油研工業は今はありません。
②は、油研工業を背景に農作業風景です。
③は、中原橋を背景に、小出川の土手道を南下するこどもたちです。
④は、同じこどもたちがさらに南下する風景です。その向こうに見えるお寺は梅雲寺です。
⑤は、鶴嶺神社参道を小出川から撮影したものです。
撮影してから約半世紀経って、もうこのような景色は見られなくなりました。

① 右手に見える大きな工場が油研工業です。小出川の左側に梅雲寺があります。
 向こう側が南で、国道一号、その先に東海道本線、さらにその先に相模湾があります。
 

② 油研工業 この工場は今はありません。

③ 橋は中原橋です。今もあります。子どもたちが小出川に沿って南下しています。

④ 小出川の左は下町屋です。お寺の屋根は梅雲寺です。

⑤ 小出川から鶴嶺八幡社参道を撮影しました。今は参道の両脇に住宅が建ち並びました。

photo & report 平野会員

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