新町で祭る厳島神社の例大祭 2019.05.05(日)

令和元年5月5日(日) 快晴

替わったばかりの新元号「令和」を掲げて、厳島神社の神輿渡御

改元に伴う大型10連休も終盤のこの日、お天気は快晴でした。新栄町にある厳島神社の例大祭に、お神輿がまちを練り歩きました。たまたま遭遇した私は、ちょうどカメラを持っていたので、1枚シャッターを切りました。


「新町」は「しんまち」と読みます。茅ヶ崎駅の周辺にあたり、今の住居表示では新栄町(しんえいちょう)・元町(もとまち)・共恵(ともえ)・幸町(さいわいちょう)をいいます。この四町内で厳島神社を祭っています。


夏目善治著『新町をかたる』(昭和58年 新町自治会発行)の中に厳島神社の歴史が書いてあります。
ずっと昔、今の元町14・15丁目あたりは荒れ地で大きな池があった。その地を開くときに殺した蛇を祭って弁天さまを祭ったという話が伝わっている。
明治34年(1901)、現在の新栄町7丁目の一角にある、正一位左近稲荷社に、その弁天様を持ってきて併設した。
大正7年(1918)、現在の茅ヶ崎駅駅前(北口)にあった池のほとりに弁天さまを移転。(従来、弁天さまと呼ばれていたものが、「厳島神社」となったのはこの時でしょうか。)
大正8年(1919)、新町で神輿を作成。浜降祭に出輿した。
昭和23年(1948)、現在地(新栄町2丁目10)に移転。
昭和28年(1953)、宗教法人となる。(社名変更と新ご祭神の勧請は、大正7年ではなくこのときだったということも考えられます。)
昭和48年(1973)、拝殿を完成。
昭和56年(1981)、妙音弁財天を建立。
例大祭は5月5日。「昔は神楽、芝居を行っていた。ご神幸祭(神輿渡御)も行われるようになった」と同所に書いてあるので、例大祭に神輿渡御をするようになったのは、この本が書かれたときより、そんなに遠い昔のことではなかったようです。

現在のご祭神は
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の三柱
と境内の由緒書きの看板にあります。
この三女神は、海中に建つ赤い鳥居で有名な、安芸の宮島の厳島神社のご祭神と同じです。
向かって右側が大正8年に作られた神輿。今も活躍しています。
左側はこども神輿。

昭和56年に建立された妙音弁財天。

厳島神社の歴史をたどると、
最初は蛇の供養として祭った「弁天さま」でしたが、いつの日にか広島県の宮島から厳島神社を勧請して祭神もかえたために、それまで祭られていた弁天さまを、新たに妙音弁財天としてお姿を作ったもののように考えられます。

しかし、厳島神社を勧請したのが何時なのか、知りたいものですが今のところわかりません。

photo&report ODAKA会員
撮影場所 
 ●神輿渡御は南口の氏子域を渡御した神輿が、ツインウエーブを渡り北口に向かう 手前
 ●拝殿・神輿二基・妙音弁財天は厳島神社境内 

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